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---『資料「君が代」訴訟』には未収録の記録です---
「君が代」訴訟 枠山範雄さんの証言
京都地裁 1990.10.24
「 君 が 代 」 訴 訟 枠 山 範 雄 さ ん の 証 言
…一九九〇年一〇月二四日 第一五回口頭弁論…
(以下 原告代理人は堀和幸弁護士)
原告代理人「(甲第七三号証を示す)この陳述書は、あなたが作成されたたいうことに間違いありま せんか」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「最後にあなたの署名捺印がありますが、これもまちがいありませんか」
枠山範雄 「はい。間違いありません」
原告代理人「一一ページ三行目に、一九八六年度の卒業式とありますが、これは正しいですか、間違 っていますか」
枠山範雄 「これは、一九八五度の誤りです」
原告代理人「同じく一一ページ最後から二行目、昭和六二年二月七日とありますが、これはどうです か」
枠山範雄 「これは六一年の誤りです」
原告代理人「最後の行に、昭和六二年三月四日とありますが、これはどうですか」
枠山範雄 「これも六一年の誤りです」
原告代理人「ほかに間違いはありませんか」
枠山範雄 「ございません」
原告代理人「まず、あなたの経歴は、この陳述書に書いてあるとおりですね」
枠山範雄 「はい。そのとおりです」
原告代理人「これによりますと、一九七五年の六月から現在まで約一五年間、京都市立の小学校に勤 務されているということですね」
枠山範雄 「はい、そのとおりです」
原告代理人「それで、常勤講師のときも含めて、四つの小学校を歴任されているということで、間違 いないですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「ところで、本件は、一九八五年から八六年にかけてのできごとが問題になっているんで すが、この、あなたの陳述書によりますと、その当時は、新林小学校に勤務されていたと」枠山範雄 「はい」
原告代理人「この新林小学校というのは、京都市西京区にある学校ですね」
枠山範雄 「はい、そのとおりです」
原告代理人「一九八五年八月に、いわゆる文部省通知が出されたんですけれども、まず、それ以前の 学校現場における君が代の取扱いの状況について聞いていきますが、まず、陳述書の中に、 指導計画というのが出ていますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「(甲第七五号証を示す) これはどういうものですか」
枠山範雄 「これは、京都市立小学校の教育課程を示したもので、指導計画と呼ばれるものです」
原告代理人「何年度の指導計画ですか」
枠山範雄 「一九八〇年度です」
原告代理人「この中に、指導計画についての説明がどこに書いてありますか」
枠山範雄 「最初のページに、まえがきとして、述べられております。そのまえがきによりますと、 『京都市教育委員会は、文部省告示第一五五号で示された小学校学習指導要領に基づき、 京都市立小学校教育課程一般編を作成しました。ついで京都市地区の採択した教科書をふ まえて、各小学校における指導計画の基準として、ここに京都市立小学校教育課程指導計 画を作成致しました』とあるとおりです」
原告代理人「まえがきの一から四行くらいに書いてあることが、指導計画の定義になるわけですね」枠山範雄 「そのとおりです」
原告代理人「そうすると、学習指導要領を京都市地区の採択した教科書などをふまえて、各小学校に おける指導計画の基準を作ったということになるわけですね」
枠山範雄 「はい、そういうことです」
原告代理人「そこで、この指導計画というのは、あなたの経験からでいいんですが、学校現場で教育 を行なうときには、その現場の教師の方も参照するというか、参考にされているわけです か」
枠山範雄 「はい。週一度くらいの学年会というのがございます。そこで、教材の進み具合、そうい うことについて話合うときの参考にしております」
原告代理人「学習指導要領は、一九七七年に改訂されて、それが一九八〇年に実施されたということ になりますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「そうすると、今、示しました一九八〇年度の指導計画は、その改訂された指導要領に基 づいて、作成されたということになるわけですか」
枠山範雄 「はい。私どもは、そのように受け止めております」
原告代理人「(甲第七四号証を示す) これは、一九七七年度の、つまり、指導要領が改訂される前 の指導計画ですか」
枠山範雄 「はい。そのとおりです」
原告代理人「ここには、いわゆる『君が代』の取扱いについては、どのようなことが書かれているん でしょうか」
枠山範雄 「学習指導要領について、『君が代』が触れられているのは、音楽科と特別活動において です。それをうけて、この指導計画のなかで、六七ページですが、第六学年の目標が五つ あるわけです。その下に、指導上の留意点というのが四点ございますが、その四点目に、 校歌、君が代、京都市歌は、適切な機会に正しく心情をこめて歌えるようにする、とあり ます。それ以外に、特別活動の学校行事等については、一切触れられておりません」
原告代理人「今、説明されました六七ページの下に、題材一覧表というのがありますが、これはどう いうものなんですか」
枠山範雄 「これは音楽科の教科書に載っている歌及び曲を、四月から三月まで、順番に配当してい るわけです。例えば、四月ですと、おぼろ月夜三時間、ドレミの歌(全校)一時間、ロマ ンスヘ長調、エーデルワイス一時間、というふうに配当時間まで一応、基準として書いて あるわけです。しかし、この題材一覧表のなかには、教科書にもあるにもかかわらず、君 が代は挙げられておりませんし、配当時間もありません」
原告代理人「そうすると、七七年度の指導計画の題材一覧表には、『君が代』がでてこないと」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「ということは、学校現場としては、どういうことになるわけですか。実際の授業の中で は」
枠山範雄 「音楽の授業の中では、題材一覧表に挙っておりませんし、私も、今まで一度として音楽 の時間に『君が代』を教えたことはございません」
原告代理人「甲第七四号証の一五一ページから学校行事というのが出てくるわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「一五六ページには、始業式、卒業式というのが出てくるわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「個々のいわゆる学校行事の中には、君が代のことは、一切出てこないということですか」枠山範雄 「はい、そういうことです」
原告代理人「(甲第七五号証を示す) 先程示しました一九八〇年度の、要するに、学習指導要領が 改訂されたのちの、指導計画ですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「ここでは、『君が代』については、どのような扱いがなされていますか」
枠山範雄 「六七ページに、音楽科が出てくるわけですけれども、第六学年の目標ということで、三 点述べられて、続いて、指導上の留意点として、五点出ております。その一番最後のとこ ろ、『校歌、国歌「君が代」は』、と、従来、『君が代』であったのが、国歌が付け加え られ、続いて、「適切な機会に歌詞や旋律を覚えて、正しく歌えるようにする』とありま す」
原告代理人「次に、題材一覧表がありますが、ここには、『君が代』はでてきていますか」
枠山範雄「出てきておりません」
原告代理人「そうすると、題材一覧表については、七七年度の扱いと同じことになるわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「それから、一四〇ページ、あるいは、一四一ページくらいから、学校行事のことが書い てありますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「ここには、『君が代』は出てきていますか」
枠山範雄 「これにおいても、『君が代』は取り扱われておりません」
原告代理人「そうすると、七七年度と八〇年度で変ったのは、『君が代』が『国歌「君が代」』とな ったと、それ位の違いですね」
枠山範雄 「そうです」
原告代理人「指導計画のなかではね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「(甲第七六号証を示す) 一九八三年度の、第六学年の指導計画ですね」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「これには、『君が代』はどういうふうに扱われていますか」
枠山範雄 「音楽科におきまして、ページ数で言いますと、下に6ー音ー1と書いてありまして、一 ページ目ですが、同じく第六学年の目標ということが、三点述べられて、あと、指導上の 留意点が九点述べられています。そのうちの、八点めに校歌、国歌「君が代」が、適切な 機会に歌詞や旋律を覚えて、歌えるようにする、とあります」
原告代理人「ここでは、正しくというのがぬけているんですね」
枠山範雄 「正しくが消えました」
原告代理人「6ー音ー2というページに題材一覧表が出てきますけれども、ここでは、『君が代』は 出てきますか」
枠山範雄 「出てきておりません」
原告代理人「6ー音ー8ページ、これは、特別活動ですかね。あるいは、6ー音ー9ページ、学校行 事ですね。そのあたりには、『君が代』はでてきますか」
枠山範雄 「出てきません」
原告代理人「そうすると、もう一度確認しますが、指導要領の改訂の前後で、指導計画が変ったのは、 国歌というのが入ったか、入ってないか、これだけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「題材一覧表についても、出てこないし、学校行事あるいは、特別活動のところにも、出 てこないということですね」
枠山範雄 「そうです」
原告代理人「指導計画と、もう一つ、いわゆる指導の手引というのがあるんですか」
枠山範雄 「学校行事等指導の手引と言います」
原告代理人「これは、やはり、現場の教師の方々は、実際、参考にされるわけですか」
枠山範雄 「参考にしているといえます」
原告代理人「指導計画と比べると、どっちのほうが重要性が高いんですか」
枠山範雄 「私たち、担任を持つ教員が、日常的に使うのは、指導計画です」
原告代理人「手引も参照はするけれども、指導計画ほど頻繁には利用しないと」
枠山範雄 「そういうことですね」
原告代理人「(答弁書添付の別表第二を示す) この表の一番下の欄に、学校行事等指導の手びきと あって、昭和四〇(一九六五)年度のことについて、書いてありますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「一五ページに、『国民の祝日などにおける儀式を行なう場合には、関連する教科での指 導と相まって、その意義を理解させ、国旗を掲揚し、君が代を斉唱させることが望ましい』 とこういう記載がありましたね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「(答弁書添付の別表第二を示す) 同じく、一番下の欄にも、これは、一九八〇年度に ついての記載がありますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「(答弁書添付の別表第三を示す) この一番下の欄にも、これは、一九八〇年度につい ての記載がありますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「ここでは、国歌と、こうなっているわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「(答弁書添付の別表第四を示す) 右側の欄に、一九六五年度と一九八一年度の指導の 手引の内容が出ていますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「こういうふうな指導の手引の内容については、大体、間違っていないんですか」
枠山範雄 「指導の手引に書いてあることについては、間違いはないと思います」
原告代理人「指導の手引というのは、だれが発行しているんですか」
枠山範雄 「一九八七年度から京都市教育委員会の発行物になっています。しかし、それ以前におい ては、学校行事、儀式研究会という団体が発行しておりました」
原告代理人「今、この答弁書別表を見ると、いわゆる、学校行事の中で、『君が代』を斉唱すること が望ましい、あるいは、国歌を斉唱することが望ましいと、こういう記載が手引には出て くるわけですね」
枠山範雄 「そうですね」
原告代理人「指導計画のでは、その行事のところには、『君が代』については、記載がないけれども、 手引には、出てくると、こういうことですね」
枠山範雄 「京都市教育委員会発行の指導計画には、出てきておりません」
原告代理人「(原告ら第六準備書面を示す) 二四ページの四行目以下を見てください。そこの記載 によりますと、要するに、入学式、卒業式では、『いたづらに、形式に流れ、慣例に頼る ことなく、常に工夫を加える』とか、『卒業式が児童にとってより主体的なものになるよ う努める』ということが、一九八七年までの、学校行事指導の手引には記載されていたと いうことですが、そういう記載があったことは、間違いないということですか」
枠山範雄 「はい。一九八七年は、京都市教育委員会が発行するまでは、そういう記載がありました。 八七年度から、たとえば、シュプレヒコール形式をとる、とかの表現は、削除されたり、 規律的態度を養うなど、新しい項目が入って、従来の卒業式は、子供を中心に、子供を主 人公として、学校行事の中で位置付けていこうというやり方が、大きく変更されておりま す」
原告代理人「そうすると、八七年度までは、指導の手引には、一応、『君が代』を斉唱するのが望ま しいということは、書いてあっても、同時に、子供を中心にしないとか、自主的にやりな さいとかそういうふうな記載もあったわけですね」
枠山範雄 「そうです」
原告代理人「指導計画とか、指導の手引には、『君が代』についての記載がでてきますが、文部省通 知が出される八五年八月以前に、学校現場で、『君が代』を斉唱させることとか、そうい うことが、議論になったことは、ありますか」
枠山範雄 「私の勤務している学校においては、卒、入学式または、日常の音楽の授業等においては、 『君が代』について、それを実施すべきだとか、それを歌うべきだというような話会いは、 一切ありませんでしたし、わたしの友人の多くも、かなりの学校に行っておりますが、そ ういう友人たちからも、『君が代』について学校で取り扱うようにという指示が学校長よ りあったとか、教育委員会よりあったとかいう話は、聞いたことはございません」
原告代理人「それは、あなたの経験でいうと、あなたが学校に勤務されてから、八五年八月まで、そ ういう状態はずっと変っていませんか
枠山範雄 「はい、変っていません」
原告代理人「先程、一九七七年に、学習指導要領が改訂されたという話をしましたが、そのころ施行 された八〇年のころにも、特に議論はなかったですか」
枠山範雄 「八〇年の卒業式におきましても、そういう話合いは、一切ございません」
原告代理人「あなたの陳述書の五ページの後半のほうから、学校運営の進め方について、一般的に書 いてありますけれども、簡単にいうと、学校運営というのは、どのようなやり方で進めら れるわけですか」
枠山範雄 「学校運営は、教育及び学校運営についての仕事を、教務部、それから研究部、それから 管理部という大きく三つの部門に分けまして、その下にさまざまな係を教職員の希望と承 諾の原則の基に、教職員を配置していって、それで一年間の学校を運営していくわけです。 たとえば、運動会でしたら、体育的行事部、体育部がそれに当って、一年間を見渡して、 秋の運動会を何月ごろにもってきたら良いかということを、四月当初の最初の職員会議に 提出して、年間の学校の計画を立てます。そのほか、算数科なら算数科、同和部なら同和 研修の計画を立てるとか、そういうことをして、年間計画を年度当初に立てます。そして、 それに基づいて、それぞれ毎月の職員会議におきまして、担当の係から原案を作成して、 職員会議に出し、職員会議で話会った上で、実施に移すということです。その場で修正さ れることもあれば、更にもう一度職員会議を開いて、その実施計画案を検討し直すという こともあります」
原告代理人「いずれにしても、現場の教師が各パートに分かれて各々の担当についての実施計画を出 して、職員会議で話会って、決めていくとこういうことになりますね」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「それは、いわゆる、一般的な教育だけではなくて、入学式、卒業式などの、儀式的行事 についても同じことなんですね」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「(甲第九八号証を示す) これは、どういうものですか」
枠山範雄 「これは、先程申しましたように、教務部、研究部、管理部の三部に分かれて、、それぞ れの下に教職員が仕事を担当するわけですけれども、その、学校の組織図ですね。だれが、 どの仕事を担当するかということを表したものです」
原告代理人「一番上に、昭和六〇年度、京都市立新林小学校と書いてありますが、六〇年度の新林小 学校における校務分掌表ということになりますか」
枠山範雄 「はい、そのとおりです」
原告代理人「この表の左のほうに、教務部、研究部、管理部というように、記載がありますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「そうすると、こういうふうな、校務分掌組織表に基づいて、職員会議で、職員の間で討 議して、一年間の学校の授業の進め方とか、行事のやり方とかを決めていくわけですね」枠山範雄 「そうですね」
原告代理人「陳述書によりますと、特に卒業式なんかでは、その中に、子供の意見も反映させるとい か、あるいは、子供も参加して準備していくということも、場合によっては、あるわけで すね」
枠山範雄 「そうですね」
原告代理人「それで、こういう校務分掌組織表に基づいて、いろいろ計画がだされて、職員会議で討 論する、そういう中で、『君が代』について、斉唱せないかんとか、というふうな話が、 出たことがないということになるわけですか」
枠山範雄 「はい、八五年の文部省通知まではございませんでした」
原告代理人「『君が代』は、ちゃんと指導されているかどうか、とか、そういう問いかけが、現場の 教師、あるいは、校長先生から出たということもないですか」
枠山範雄 「はい、私の勤務していた学校におきましては、そういうことは、一切ありませんでした」原告代理人「それから、同じく、校長でも、現場の教職員でも、いいんですが、『君が代』について の範唱用の教材がないから、これが必要だというふうな議論もなかったですか」
枠山範雄 「はい、そういう点は、一切聞いておりません」
原告代理人「ところで、あなたは、被告の矢作さんの供述はずっと聞いておられましたね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「その中で、矢作さんは、指導計画とか、指導手引を引用して、市教委としては、君が代 の指導を従前からやってきたんだという話をされていましたね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「市教委のほうから、校長を通じてでもいいし、あるいは、現場の教職員に、直接でもい いんですが、学校現場に『君が代』についての指導があったということが、文部省通知以 前にありましたか」
枠山範雄 「ありません」
原告代理人「一切ないですか」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「それは間違いないですか」
枠山範雄 「間違いありません」
原告代理人「それでは、文部省通知以降の学校現場の、あるいは、卒業式、入学式の状況について聞 いていきますが、まず、この文部省通知をあなたが知ったのは、いつ頃でしょうか」
枠山範雄 「一九八五年九月六日の京都新聞でだったと思います」
原告ら代理人「(甲第七九号証を示す) この新聞記事ですか」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「それで、監査結果によりますと、八五年八月に文部省通知があって、それで、九月の中 ごろから、市教委は、日常的な学校指導などにおいて、学校として、『君が代』の斉唱に 取り組むように、指導徹底をはかってきたというふうな記載があるんですが、実際、あな たの勤務されておった学校では、どうでしたか」
枠山範雄 「この新聞記事が出ました当時、数名の教職員と話合った記憶がございますが、後、学校 長、教頭、また、音楽主任、それから儀式的行事部の係の人たちから、この『君が代』の 実施について、話がだされるということは、一切ございませんでしたし、また、職員会議 で『君が代』を実施したいという提案も、誰からもなされておりません」
原告代理人「校長とか、そういう人からもなかったですか」
枠山範雄 「そのとおりです」
原告代理人「(甲第八〇号証の一及び二を示す)それでは、同じ八五年度の、新林小学校での卒業 式について、伺いますけれども、まず、これはどういうものなんですか」
枠山範雄 「これは、卒業式指導改革並びに実施計画(案)と書かれているとおり、卒業式のもち方 について、儀式的行事部から職員会議に提案されるものです」
原告代理人「儀式的行事部に所属する先生が作られたわけですか」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「八〇号証の一の、一番上の、右の方に六〇・二・二〇と書かれているんですが、これは 正しいんですか」
枠山範雄 「これは、作った人の年度の間違いで、六一年が正しいわけです」
原告代理人「六〇年度の卒業式は、昭和六一年の三月に行なわれるわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「そうすると、昭和六一年の二月に、いまの、八号証の一と二が作成されたということに なるわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「この実施計画(案)が作られたときには、『君が代』のことは、でてきていますか」
枠山範雄 「式次第がありますが、全部で、一から九までありまして、開式のことばまで、その中に は、『君が代』を斉唱するなり、演奏するという言葉は、どこにも入っておりません」
原告代理人「ところで、普通の年度でいいんですけれども、特に、八五年度に限りませんけれども、 まず、普通、卒業式というのは、こういう計画案というのがだされるわけですか」
枠山範雄 「そうです」
原告代理人「それから、実施に至るまでは、どうなっていくわけですか」
枠山範雄 「その前年度、私は六年生を担当しておりましたので、大体、一月の中旬くらいになりま すと、卒業学年の中で、卒業式どうしようかというような話合いが出てきます。それは、 週一度もたれる学年会という場で、話合うわけなんですが、そこでは、いろいろな議論を するわけです。例えば、子供がもう少しいろいろと活躍できるような場面を作ってみない か、とか、それから、形式にしても、従来、壇上で校長が証書を渡し、下に子供たちが並 ぶという形式があったわけですけれども、少しかえて、壇上へ子供たちが上がって、そこ で、いろいろな言葉をしゃべってみてはどうか、とか、そういう、いろいろな話合いが六 年の担任の中から出されて、そこに、儀式行事部の教員、それから、五年生も卒業式に出 席しますので、五年生の教員、その人たちとともに、儀式行事部ということで、話合いを するわけです。その儀式行事部の中でこの(案)が作られるわけです。(案)が作成され ると、つぎに職員会議に提出されます」
原告代理人「そこで、職員会議で、また、いろいろ意見を出し合って、最終的に卒業式の中身とか、 式次第が決っていくという流れになるわけですか。大まかなやつは」
枠山範雄 「はい、そうです。この儀式行事部の中にときによっては、校長、教頭の参加することも あります」
原告代理人「そうすると、一九八五年度、昭和六〇年度の卒業式の際にも、まず、こういうふうな案 が作成されて、これが、いろいろ職員会議で議論されるということになるわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「ところで、陳述書によりますと、三月六日の職員会議で、校長から『君が代』の話が出 たということですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「二月の二〇日から三月六日までの間、卒業式についての職員会議というのは、何日かあ ったんですか」
枠山範雄 「私の記憶ではなかったと思います」
原告代理人「そうすると、この三月六日というのは、この実施計画(案)が作られてから、初めての 職員会議ということですか」
枠山範雄 「多分、そうだと思います。多分と申しますのは、三月は、いろいろと年間の反省とか、 研究のまとめとか、ということで、臨時に職員会議が召集されることが多いわけです」
原告代理人「はっきりした記憶ということではないけれども、恐らく、二月二〇日以降、三月六日ま で、職員会議はなかったのではなかろうかと、こういうことですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「それで、この三月六日の日は、校長からは、どんな話が出たんですか」
枠山範雄 「校長先生のほうからは、市教委から『君が代』の実施を要請されているという話が出さ れました。しかし、最終的には、原案が通っているので、この原案どおり、卒業式を実施 すると。しかし、校長会というのは、支部ごとにあるわけですが、そのときの新林校の校 長は、支部長をしておりました。そういうことで、校長は、できれば、皆さんに、この問 題については、新聞紙上等で研究してほしい、というような姿勢で話がありました。その ときには、実施するという話は、一言もしておりません」
原告代理人「陳述書によると、次に三月一三日にも、職員会議があって、やはり、『君が代』の話が 校長から出たんですね」
枠山範雄 「はい、出ました」
原告代理人「陳述書の一三ページに、三月一三日の職員会議のことが書いてありますけれども、この ときは、どういう話が出たんですか」
枠山範雄 「そのときは、『君が代』の斉唱を、市教委が指導されました、ということを述べたにと どまっております」
原告代理人「そうすると、三月一六日と、一三日は、校長から話は出たけれども、特に『君が代』を 実施してほしいとか、あるいは、もういっぺん職員会議で考え直してほしいとかいう話は でなかったんですね」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「それから、その次に出たのが、三月一九日のことですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「このときの、校長の態度というか、あるいは、言い方はどんなものだったのですか」
枠山範雄 「陳述書に書いてありますが、一三ページの6の二行目からですが、『人間関係をさかな でしてまでとりあえず、メロディーだけお願いする』ということで、一四ページの三行目 にかけて、記載のように言っております」
原告代理人「そうすると、この日は、とにかくもう『君が代』を流す、あるいは、斉唱することをお 願したいんだと、こういうことになってきたわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「それで、この、三月一三日から三月一九日までの間に、何か変ったと言いますか、ある いは、校長が態度をかえることについて、思い当るというのは、何かありましたか」
枠山範雄 「三月一四日に、藤岡主事が、学校を訪問しております。これは、後で、学校日誌を見て 知ったことなんですが、それ以降、校長、教頭の態度がおかしくなったというふな感じを もっております」
原告代理人「その、藤岡主事が来て、具体的になにをしたかというのは、ご存じないんですか」
枠山範雄 「はい、もちろん、聞いても答えてくれませんから」
原告代理人「それで、この三月一九日の職員会議ですか、教職員の方は、何名くらいあつまったんで すか」
枠山範雄 「四〇数名のうち、三四〜三五名だったと思います」
原告代理人「そこで、さっき、あなたが言われたような、校長の話がでましたね。そのときの、それ に対する教職員の反応はどんなものでしたか」
枠山範雄 「校長の話が出た後、教職員の合意が、それでまとまれば、学校長は、それを尊重すると 解釈して、話合いをもっていいんですか、と言ったときに、学校長は、お願するしかない というようなことで、話は出発しております。それにもかかわらず、十数名の教職員が反 対意見を述べております。職員会議では、様々な案件が提案され、かなり論議されること もあるわけですが、大体、私がいた新林校では、四〜五人の人たちが賛成意見なり、反対 意見をのべました。それで、大勢が決って、一つずつ合意ができて、次の案件に進んでい くという形でした。ですから、十数名の教職員が次次に、それぞれ、自分の思っていると ころを自分の父親や母親、また、親戚の者たちの戦争体験を踏まえたりしながら、反対意 見を述べたというのは、これはわたしもびっくりしたことです」
原告代理人「逆に、『君が代』を斉唱したらいいじゃないか、とか、校長の提案に対する賛成意見を 持った教職員の方というのは、おられましたか」
枠山範雄 「教頭が、世論では、七〇パーセントの人が支持しているという発言をしただけで、教頭 以外の教職員で、積極的、また、消極的に、賛成の意見を述べた人は、だれ一人いません でした」
原告代理人「そうすると、十数名が反対意見を述べて、あとの職員の人は、黙っているというか、意 見を言わない。一人、教頭だけが賛成意見らしきことを言っていたということになります か」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「そうすると、とにかく、一九日の職員会議では、校長はその職員会議の意見をいうか、 教職員の合意に反する考えを述べたということになりますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「その当時の新林小学校の校長先生は、通常は、この問題以外のときは、そういう教職員 の意見なり合意に対しては、どういう態度をとる人だったんですか」
枠山範雄 「一言で言って、職員会議で話合って得られた合意事項は、尊重するような人でした」
原告代理人「例えば、なにかエピソードというようなものはありますか」
枠山範雄 「その、同じ年度で言いますと、私はその八五年度は、五年生の担任でした。ですから、 六年生に修学旅行があるわけです。それまで、新林校では、修学旅行は伊勢方面に行って おりました。しかし、私の担任した五年生の教員の仲間で伊勢からほかのところへ変えて、 もう少し、子供たちにいろいろな体験をさせてみたいと。伊勢へ行くのは、業者が創った コースにのるだけで、子供たち感動も何もないのではないか、というような話から、広島 に行こうじゃないか、という話が出ました。それを学年で話合って、職員会議に出しまし た。そうすると、賛否両論、随分意見が出たわけです。その件については、二度、三度、 職員会議がもたれまして、五月ごろ出した意見が、最終的に九月ごろ、決着がつくという ことになったわけです。最終的には、全体として、五年生がどうしても、広島へ行って、 そこで、平和学習をしたいというならば、そのとおりやったらいいのではないか、という ことで、合意を得たわけです。それに対して、校長はずっと反対の意見を言っていました。 やはり、伊勢のほうがいいと。伊勢でも平和学習はできるというようなことを言っていた わけですけれども、最終的に、職員会議で皆が広島でもいいんじゃないかと言ったときに は、二〜三日考えさせてほしいということで、その場は収めまして、二〜三日後に職員会 議の皆さんの意向を、私は尊重したいと。それで、広島に行くことに、賛成しますという ふうな決定を下しております。」
原告代理人「それから、『君が代』テープが、一九八六年三月四日に配布されているようなんですけ れども、あなたが、職員会議でいろいろ、校長なんかと話しているころ、その中で、テー プの話というのは、校長から出ましたか」
枠山範雄 「市教委から、『君が代』テープが配布されたという話は、校長からは述べられておりま せん」
原告代理人「市教委から指導されたという話はあったんですね」
枠山範雄 「『君が代』実施の指導はされたということは、言っております」
原告代理人「しかし、テープを配布されたという話は、なかったわけですね」
枠山範雄 「はい、教職員には紹介されておりません」
原告代理人「じゅあ、あなたは、当時、その、三月の上旬から中旬にかけて、テープが配布されたと いうことを知っていましたか」
枠山範雄 「知りませんでした」
原告代理人「あなたは、いつごろ知ったんですか。テープが配布されていたことは」
枠山範雄 「配布されたことを知ったのは、六月ごろの新聞紙上で知りました」
原告代理人「(甲第二四号証を示す) 一九八六年六月二七日の朝日新聞ですが、この新聞記事です か」
枠山範雄 「はい、これです。一番上の段落の、後ろから二行目、『市教委が、テープを各校に送り つけてまで強い指導に乗り出したのは、これが初めてだった』と書かれていることによっ て、初めて、『君が代』テープが教員委員会によって、各校に配布されたという事実を知 りました」
原告代理人「そこで、テープのことについて伺いますが、被告あるいは矢作さんは、このテープは教 材として配ったんだというふうな、主張あるいは供述をされていることは、ご存じですね」枠山範雄 「はい」
原告代理人「それで、一般的に、いわゆる教材というものは、通常学校にはどのようなルートで、配 布されるわけですか」
枠山範雄 「まず、教材はいくつかの段階があるわけですけれども、学年で使うものであれば、学年 の教員が相談の上で、購入するものを決めます。また、制作するものを決めます。それが、 子供から集めたお金であったり、また、学校の予算の中で買えるものであったりするわけ です。それから、算数科とか、音楽科とか、学校全体で子供たちが使うものがあります。 それは、各係で、全教職員の意向を聞いて、優先順位にあわせて購入をする。そして、も のによっては、学校で買いますが、直接、教育委員会から執行されて、配布されてくるも のもあります。たとえば、この前、鈴虫が出ていましたけれども、鈴虫のように、各校に 配布してくることもあります。それから、最近ですと、JRの踏切事故防止のビデオだと か、また、琵琶湖疎水ができて、一〇〇周年ですので、その記念誌が、学校に配布されて きたこともあります」
原告代理人「そういう形で、学校に配布されてきた教材というものは、一般の教職員には、知らされ るんですか」
枠山範雄 「通常、校長が、朝の職員打合せなり、職員会議において、全教職員に配布されてきたも のを見せて、こういうものが来ましたから、どこそこに置いておきますから、それぞれの 学年で活用してください、ということで、示します。鈴虫の場合でしたら、職員室の前に 置いておいて、必要なクラスはもって行ってください、というふうにして、常時、職員室 の校長の机の上においてありました。ですから、だれでも、いつでもつかえます」
原告代理人「そうすると、教材であれば、一般教職員全員に、紹介されるし、保管場所も明らかにさ れるし、だれでも使える、ということになるわけですね」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「これは、市教委から配られたものも、同様なんですか」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「それでは、『君が代』テープについて、伺いますが、正式に学校長のほうから、『君が 代』テープが配られた、あるいは、どこそこに保管してあります、ということを言われた ことがありますか」
枠山範雄 「それは、現在に至るまで、紹介された事実は、ありません」
原告代理人「それは、一般の教職員が使用することはできましたか」
枠山範雄 「一九八六年度は、わたしは、六年生をもっておりましたが、そのときの歴史の学習の中 で、『君が代』や『日の丸』が果した役割について、授業をするときに、どんな歌か、あ んまり、子供たちは聞いていないので、聞かせてやろうと思いまして、校長に貸出を申し 出ました。しかし、結局、校長からは、断られました」
原告代理人「卒業式のことは別として、たとえば、音楽の授業で、本件の『君が代』テープが使われ たということは、ありましたか」
枠山範雄 「私の知っている範囲内ではございません」
原告代理人「そうすると、紹介もなければ、保管場所もわからない、一般の教職員が使うこともでき ない、こういうことになるわけですか」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「あなたの経験から、そういう教材というのは、今までにありましたか」
枠山範雄 「私の経験からしても、こういった一般の教職員に知らされないような教材は配布された ことはありません。教材はすべて、やはり、子供に直接接している教師がなにを使うかを 判断して、決めていくような形式でやってきましたので、これは、きわめて特異な事例で はないか、と思っています」
原告代理人「それで、また、卒業式の話に戻りますが、この年は卒業式は、いつだったんですか」
枠山範雄 「二一日が休みでしたので、二二日でした」
原告代理人「そうすると、三月一九日以降、卒業式当日まで、学校長との話合いというのは、なかっ たということになりますか」
枠山範雄 「はい、そういうことです」
原告代理人「そうすると、校長との話合いは、一九日の平行線のままが、ずっと続いたということに なるわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「次に、三月二二日の卒業式当日のことについて、伺いますが、式次第というのがありま すね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「これは、事前に保護者などに配られるわけですか」
枠山範雄 「はい、先程の原案に沿って、開会の言葉から順番に、進行されることがらが、式次第と して、きっちり明文化されて、保護者や、それから、学校長のあいさつとともに、保護者、 それから、来賓として、出席していただく方々、また、本校に在職されていた方で出て行 かれてから、三年未満の教職員の方にも、全部、案内状として、配布いたします。だいた い、五日から一週間くらい前には、着くようになっています」
原告代理人「その式次第の中には、『君が代』斉唱とか、そういう、『君が代』に関する記載という のは、あったんですか」
枠山範雄 「入っておりませんでした」
原告代理人「式次第というのは、卒業式当日にも、黒板か何かで、張り出されるわけですか」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「その中には、あったんですか」
枠山範雄 「入ってなかったような記憶があります」
原告代理人「ところが、陳述書によりますと、現実には、『君が代』のテープが、流れたんですね」枠山範雄 「はい」
原告代理人「どんなふうにして、流れたんですか」
枠山範雄 「子供が入場した後、教頭が司会者用のマイクで、何年度の卒業式を、これから始めます、 ということを、宣言するわけですが、その直後に式場である体育館の壇上に向って左手に、 グランドピアノが置いてあるわけですが、その、グランドピアノの片隅に、隠してあった テープレコーダーを出して、スイッチを入れて、もっていたマイクでそのテープレコーダ ーの音を拡声して、全体に流すということをやりました」
原告代理人「スイッチを押したのは、だれですか」
枠山範雄 「教頭です」
原告代理人「その、カセットデッキですか。それは、学校の備品なんですか」
枠山範雄 「それは、学校の備品ではないと思いますむ
原告代理人「そうすると、教頭かだれかの私物ですね」
枠山範雄 「私は、視聴覚の担当をしておりましたが、そこからは、カセットデッキは、一台として、 持ち出されていないことを、確認しております」
原告代理人「それで、そういうことに対して、当日の保護者の反応は、どうでしたか」
枠山範雄 「びっくりした人が多かったと思います。出席した保護者のだれひとりとして歌わなかっ たというふうに、言えます」
原告代理人「子供は」
枠山範雄 「子供も、だれも歌っていません。歌ったのは、校長と教頭くらいです」
原告代理人「教職員は」
枠山範雄 「教職員も、だれも歌っていません」
原告代理人「それから、卒業式の前に、保護者のほうから、『君が代』について、何か、学校に申入 れをするとか、学校長に申入れをするとか、そういうこともあったんですか」
枠山範雄 「数名の保護者が、学校長に対して、この時期に世論を二分する君が代について、学校教 育の中でやることについては、問題が多いので、やめるように、という趣旨で申入れに行 ったということを、渡しのクラスの保護者から聞きました。それから、親たちがまいたと 思われるビラた、数種類校区の中に配布されております。これも、保護者から、ビラを見 せてもらいました。それで、そのときの保護者は、卒業式での突然のことに、驚いたわけ ですが、次年度の育友会長が、次年度の卒業式でも、『君が代』が流されたわけですが、 そのときに、世論を二分しているような、非常に問題の多い君が代を、子供たちの学習の 場である卒業式において流すのは、大変問題であるというようなことを、場所柄もわきま えずに、こういうことを言うのは何ですが、と前置きして、とうとうと述べられて、保護 者の方々は、皆、感動して聞いておられました」
原告代理人「その、PTAの会長さんの話というのは、次の年度の卒業式での話ですね」
枠山範雄 「はい、ですから、最初に強制されたときは、五年生の保護者であった方です」
原告代理人「それから、子供の反応ですが、式の後に、何か、あなたが言われたとか、そういうこと は、ありましたか」
枠山範雄 「私は、五年生を担任しておりましたが、終業式が二四日、卒業式の翌々日ですが、朝、 教室へ行きますと、子供から、かなり強く詰め寄られました。なんでとめられへんかった んや、と。意気地なしやと。いつも、先生は、間違ったことや、正しいと思ったことは、 きちっとやらなければいけないと言ってきたのに、間違っていると思っていることを、な んで、止めへんのや、という形で言われて、返答に窮しました」
原告代理人「そうすると、『君が代』のテープが流れたけれども、それは、教職員あるいは、職員会 議の合意がなくして、なされたことなんですね」
枠山範雄 「そうです」
原告代理人「それまでのあなたの経験からして、職員会議でも合意がない。あるいは、教職員にも合 意がないままに、卒業式や入学式で、合意と違ったことが行なわれるということは、それ までありましたか」
枠山範雄 「全くありませんでした。従来と異なったような、形式の変更とか、提案がされまして、 職員会議で論議が長引いて、結論が出ないときでも、また、もう一度職員会議を開いて、 結論がでるまで話合って、それから実施するというようなやりかたでした」
原告代理人「ところで、この一九八五年度の卒業式というのは、一九八三年度の指導計画のもとに行 なわれたわけですね」
枠山範雄 「そうです」
原告代理人「当然、その、八五年度の指導計画というのは、八五年度までは変ってませんね」
枠山範雄 「変っておりません」
原告代理人「そうすると、指導計画は変らないのに、卒業式だけが変ってしまったと」
枠山範雄 「はい、『君が代』が流されたということで、変っております」
原告代理人「(甲第七七号証を示す) これは、一九八六年度の、第六学年の指導計画ですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「ここでは、『君が代』なりについては、どういうことになっていますか」
枠山範雄 「音楽、ページでは、6ー音ー1ですが、そこで、目標が三点揚げられています。その下 に、指導上の留意点が九つございまして、八つめに、校歌、国歌『君が代』は、適切な機 会に、歌詞や旋律を覚えて歌えるようにする、となっています」
原告代理人「次のページに、題材一覧表がありますが、ここには、『君が代』はでてきていますか」枠山範雄 「はい、一番下に、『君が代』の歌詞や旋律を覚え、正しく歌うことができるように指導 すると」
原告代理人「題材一覧表に、『君が代』がでてきたのは、八六年度が初めてなんですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「学校行事のことが、6ー特ー10からでてきますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「これには、『君が代』はでてきますか」
枠山範雄 「6ー特ー13の、8、学校行事実施上の留意点というのがありまして、(1)の儀式的 行事の中に、アからエまで、四点述べられていますが、その、エで、儀式的行事では、そ のねらいに応じて、国旗、市旗、校旗を掲揚し、国歌、市歌、校歌を斉唱するなどして、 所属感を深めることが望ましいとなっています」
原告代理人「そうすると、儀式的行事の中でも、初めて、八六年度から、これは、国歌ですけれども、 国歌なり、『君が代』という記載が出てきたわけですね」
枠山範雄 「そうです」
原告代理人「ところが、あなたの経験では、八五年度の卒業式から、『君が代』のテープが流されて しまったということになるわけですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「(原告ら第六準備書面を示す) 二四ページ四行目以下によると、一九八七年度から、 学校行事指導の手引も改訂されたということで、改訂された中身が書いてありますね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「指導計画も、八七年度から、変わってきているということですか」
枠山範雄 「はい、指導計画が、八六年から、学校行事指導の手引が、八七年から変っております。 そして、その内容におきましては、それまであった、形式や慣例に頼らないで、常に工夫 を加えるとか、子供の希望や要求を取り入れなさいということが、削られて、規律的態度 を育てよ、とか、厳粛な雰囲気を体験させよとか、日本人としての自覚を持たせよとか、 というふうなことが、追記されております。それと同時に、この、学校行事指導の手引が、 市教委が発行することによって、それまで、卒業式は、できるだけ、子供の声を聞いて、 それで、いろいろな形式を作り出そうというふうに、教員たちは、話合ってきたわけなん ですけれども、例えば、壇上に子供が並んで、在校生や保護者が、それに向い合ってると、 そういった形式は、すべて、否定されて、それは、校長によれば、教育委員会の指示で、 そういうやり方は良くなくて、校長が壇上に立って、そこで証書を配り、在校生、卒業生 は、校長に向い合って座ると、そういう指示に変ってきました」
原告代理人「八六年度には、指導計画が変わり、八七年には、手引が変わったと。更に、手引につい ては、八七年度からは、市教委の発行になっていたということですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「一九八六年三月の卒業式のことについて、今、言ってもらったんですが、その、同じ年 の四月の入学式のときの状況ですが、このときも、『君が代』が流されたんですね」
枠山範雄 「はい」
原告代理人「そのときのやり方というのは、卒業式と同じですか。変わったところはありましたか」枠山範雄 「やり方は、同じように、教頭がテープを入れたカセットデッキのスイッチを入れて、拡 声マイクで流すというやり方をしております」
原告代理人「この卒業式のときと、入学式のときで、校長は代わっているんですか」
枠山範雄 「はい、前年度の久我校長は、三月三一日付で退職し、新たに、山本彌壽夫校長が赴任し てきております」
原告代理人「その山本彌壽夫さんというのは、本件の被告にもなっていますね」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「(訴状添付の被告目録を示す) この中の一三五番に山本彌壽夫さんというのがでて きますが、この方ですか」
枠山範雄 「はい、そうです」
原告代理人「あなたは、ずっと、一五年間、現場で、京都市の小学校で教師として努めてこられて、 本件については、どういう考えでおられるか、簡潔に述べてください」
枠山範雄 「教員として、まず、第一におもうことは、学校長が職員会議で結論のでないことを、お 願しますという一言で、卒業式に『君が代』を流したということは、学校運営の基本手続 において、全く誤りであるというふうに思います。また、学校長をそのような態度に追い やった、教育委員会における教育斉唱および演奏の指導、そのことは、学校の行事につき ましては、現場の教職員が話合って、その内容等を作り出していくものであるにもかかわ らず、教育委員会が一方的に、指示によって、その内容を変えさせたということにおいて、 教育行政の、学校教育への介入ではないか、と思います。また学校でとりくんでおりまし た、同和教育であるとか、在日外国人に対する教育がございます。京都市の学校には、在 日朝鮮人・韓国人の子供たちが、たくさん在籍しています。そのこどもたちが、再び、差 別を受けたり、偏見を受けたりすることのないように、学校の中では、様々な取組をして います。しかし、そういう、被差別部落出身のこどもたちや、在日朝鮮人・韓国人の子供 たちは、天皇を讃える歌である『君が代』は、歌いたくないと言っているわけです。私た ちは、現場で、子供たちと、日々接し、また、保護者とも接している中で、そういう声を 聞いています。ですから、そういうものを、学校の中で、一方的にやってしまうことにつ いて、差別を助長してしまう結果につながるのではないかということで、非常に残念です。 むしろ、教育委員会が、そういう現実を見ないで、『君が代』を学校でやるということは、 本気で差別をなくしていこうという姿勢をもっているのかどうか、一教員として。疑問に 思います。更には、子供たちは、まだ小学校という、とりわけ、価値の形式途上にある者 です。そういう価値観の定まらない者に対して、一方的な価値観を与えてしまう。特に、 卒業式とか、入学式というのは、子供たちはのがれようとしても、逃れられないわけです。 そういう場において、一方的に流すだけというのは、非常に疑問があります。しかも、授 業等で『君が代』の果してきた歴史的な役割、それは、一五年におよぶ侵略戦争で果した 役割とか、いろいろあるとおもいますが、そういうことがらを、一切教えないで、卒入学 式当日に、儀式ということで、流してしまうということに対しては、私は、非常に疑問を 感じます。特に、教員として、教育という仕事に携わっている者としては、こういうこと は、許されることではないと思います。一構成員であることを恥かしいと思います。裁判 所は、是非、今の『君が代』強制によって子供たち、また、親、それから、教職員たちが、 どれほど不愉快な目に遭っているか、また、ゆがみを教育の場に生じさせているか、とい うことを、今後の法廷の中であきらかにしていただきまして、是非とも、教育委員会によ る『君が代』テープの配布が違法であるというふうな判断を下していただきたいというふ うに思います」
(以下被告代理人南部弁護士の反対尋問)
被告代理人「一九八五年度の新林校の卒業式ですね。八六年三月二二日当日のことをお聞きするんで すが、先程のお話ですと、黒板の式次第に、『君が代』斉唱が入ってなかったということ でしたね」
枠山範雄 「はい」
被告代理人「それは、あなた自身が確認されたことですか」
枠山範雄 「私は、その日は、息子の入学式で、当日は参加しておりません。その場に出席した教職 員から聞いたものです」
被告代理人「そうすると、先程、その、三月二二日の卒業式当日のことについて、いろいろおっしゃ ったことは、あなたが、直接見聞きされたことではないということですね」
枠山範雄 「そうです」
被告代理人「それから、甲第七三号証の陳述書によりますと、教職員の強制は、教員と子供たちの信 頼関係を損なう要員となり続けております、と、こう書いてあるんですけれども、信頼関 係を損なう要因として、あなたの個人的な行動に問題があったということは、ないんです か」
枠山範雄 「そのようには、思っておりません」
原告代理人「異議あります。主尋問に関連性がありません」
被告代理人「陳述書に書いてありますから。陳述書も、主尋問の中に入っておりますから」
原告代理人「信頼関係が損なわれるということの趣旨は、陳述書に書いてありますから」
裁判長 「あなたが、『君が代』の強制といいますか、『君が代』の件で教職員と児童との信頼関 係を壊してしまう、というようなことを言っているのは、あなた個人と、児童との信頼関 係を言っているのか、それとも、新林小学校における教職員一般と児童とのことを言って いるのか、どちらですか」
枠山範雄 「子供との信頼関係は、教育において、根底的に大事なものだと思っております。それは、 私の場合のみではなくて、ほかの教職員、他校においても、でているんじゃないでしょう か」
裁判長 「いや、他校じゃなくて、新林小学校の場合」
枠山範雄 「新林小学校においても、でております」
裁判長 「先程言われた、信頼関係を壊したとか、反しているというのは、あなた個人と、あなた の担任している児童とのことのみを指して言っているのか、新林小学校のほかの先生と、 ほかの子供たちとの関係をも言ったものかどちらなんですか」
枠山範雄 「この場合では、私と私のクラスの子供を指して言っております」
裁判長 「そこで、相手方からの質問ですが、それは、『君が代』とは関係がなく、あなた個人の 行動、長椅子をもちこんだとか、何とか、言っていましたが、そういうことから、あなた 個人と子供たちとの信頼関係が失われたのではないかと」
枠山範雄 「長椅子を持ち込んだ事実はありますが、それで、居眠りをするとか、というようなこと は、しておりません。長椅子は、授業参観にこられる方のために、持ち込んだものです」裁判長 「その他、あなたの個人的な言動によって、『君が代』とは無関係に、信頼関係が破られ たのではないか、という質問ですが、そういうことは、あるのか、ないのか」
枠山範雄 「私は、ないと考えております」
被告代理人「あなたは、この、昭和六一年の三月二二日の卒業式を欠席されたようですね」
枠山範雄 「はい」
被告代理人「先程のあなたの陳述を聞いていますと、出席していたかのごとく、おっしゃっていたん ですが、これは、どうして、欠席していたということを、おっしゃらなかったんですか」枠山範雄 「聞かれなかったからです」
被告代理人「ところで、あなたの担任していた五年生の生徒から、『君が代』の件について、なぜ、 止められなかったのか、という趣旨で、詰問されたということでしたね」
枠山範雄 「はい」
被告代理人「このときは、あなたは、どうして答えましてか」
枠山範雄 「わたしは返答に窮しまして、黙っていました」
被告代理人「そのときに、どうして、二二日は欠席したということを言わなかったんですか」
枠山範雄 「私の欠席は、子供は知っておりました。しかし、学校の構成員の一人でありますから、 当然、子供たちは、職員会議でいろんなことが決っていくということを、知っております。 ですから、多分、そのときに、なぜ、担任である私にそれを止めるような努力をしなかっ たのか、というふうなとらえかたをして、わたしに迫ってきたものというふうに、理解し ました」
被告代理人「しかし、卒業式で歌われるかも分からんということになれば、どうしても止めようとす れば、卒業式に出席して、それを止めなければ、とめようがないんじゃないですか」
枠山範雄 「そういう方法も、教えていただきましたので、今後考えたいと思います」
裁判長 「あなたが、当日欠席された理由は何ですか」
枠山範雄 「長男の保育園の卒業式でした」
裁判長 「特に、それは、『君が代』が流されるから、欠席したということではないわけですね」枠山範雄 「そうです。最初、卒業式の話合いがされたところでも、その日は出席できませんという ことでは、ほかの教職員の方々の了解もとっております。なぜなら、係の仕事が回ってく るわけですから、それが、私を入れて作られると、当日、仕事が円滑に運営されませんか ら。職員会議で申し述べました」