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「君が代」訴訟 京都地裁判決
(1992年11月4日)
「国歌とか、それと同視される歌は、国民各人の心の深層に内在するシンボルの一つでもある。国歌ないしこれに準ずるものとして、君が代の内容が相当か否かは、内心に潜在するシンボルの適否の問題といえる。それは、もともと、国民ひとりひとりの感性と良心による慣習の帰すうに委ねられるべき性質のものなのである。
国歌とされるものは、時代と国家や社会の推移につれて好むと好まざるに拘らず様々な歴史を刻んでいく。それに伴いその意味や受け止め方も変遷し、あるいは陳腐化して時代に合わないといわれたり、あるいは、なお、これを伝統的なものとして維持すべきであるという対立した意見が次第に生じてくる。
国歌とされるものの歌詞や曲が二義を差し挟まない程度に明らかに憲法を誹謗し、破壊するものであることが明白でない限り、その適否は、本来、裁判所の司法判断に適合しないものである。もっとも、このことは、原告ら及び原告参加人が挙げるバーネット事件・(アメリカ連邦最高裁判決)のような、国旗への敬礼ないし国歌の斉唱を児童生徒などに罰則や退学処分をもってて強制をするという本件と異なる事案の適否とは、別な問題である。」
「君が代を苦い戦争の記憶と重ね合わせて、これに強い嫌悪の情を持つ者がいることも否定することはできないし、歌詞の解釈や曲の受け止め方もさまざまである。」