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『資料「君が代」訴訟』を読んで
---エピグラフとエピローグ…今後の運動への手がかりを示した本 鶴見 俊輔(原告)
君が代訴訟資料集は、ただ資料をならべてとじたものではなく、全体の形が、見事です。編集にあたった方の目くばりがきいています。
資料集の巻頭に、プーシュキンの「大尉の娘」のようにエピグラフがおいてあって、それが、裁判長の判決文から引用してある。
国歌は、ひとりひとりの心の中にあるもので、それを強制によってつくろうとして人の内面に踏みいるべきものではないという一節です。判決そのものは、しかし、テープの公費による配布は、強制にはあたらないとして、原告の主張をしりぞけます。そのなりゆきに、この一節があるわけで、やがて、政府は、この判決中の一節をこえて、法による規制にまでふみこんでゆくのですが、資料集のはじめにおかれたエピグラフは、その後の日本国の動きを牽制するはたらきを今ももっています。
相手をはじめからおわりまで悪とせず、相手の中にのこっているよいものを、見据えるという、はじまりです。
そしておわりに、日本国が手本としているアメリカ国のバーネット判決の全文を置いて、アメリカ憲法は、人の心中にまでたちいって、強制する処置を支持しないという決断を再録しています。この判決の中には、しかし、つよい少数意見がもともとそこにないならば、法律によって、そのような少数意見をつくることはできないということもあわせて示しています。このことは、法によって君が代が国歌にさだめられたあとの、日本人の世論がどういう方向にむかうかの私たちの問題のありかを示唆します。
君が代強制反対の訴訟は、このような記録によって、未来の運動への手がかりをのこしました。 (1999.8.29筆)
鮮やかな「民力」示した「君が代」訴訟記録の出版
田中 伸尚
「仮に力づくで法制化されたとしても、この半世紀で培われてきた「民力」は、かつてのようのに骨がらみの「国民」には決してならない強さを身体化してきたと私は思っている」。松山のある法律事務所が出している小さな雑誌に寄稿した「日の丸」についての短い取材記の末尾で、私はこう記した(最新刊の拙著『生と死の肖像』に収録)。
今年四月、福岡・直方市議選に立候補した小学校のPTA会長が、卒業式で壇上の「日の丸」に対して礼をしなかったという理由で「日の丸」侮辱候補と非難され、ビラをまかれ回覧板まで回された。名指しで批判された無所属の候補者(男性、44歳)は、「日の丸に礼はできない。これは私の信念」と説明したが、慣例になっていた校区推薦も外されてしまった。しかし彼は、前回を上回る票を得て(わずか20票だったが)、三選を果たした。「日の丸」・「君が代」法制化を先取りするような圧力を跳ね返したのは、候補者の人徳もあったろうが、思想や信条で攻撃することへの理不尽さを感じとった市民が少なくなかったからである。
民衆はこうしてかつてのような「国民」に絡め取られない自律の精神を獲得しつつある。その力を、私は「民力」と名づけている。辞書的な意味での「民力」とは異なるから、内容的には造語である。決して戦後民主主義を無批判に讃える立場にはないが、長らく政教分離訴訟や天皇問題などに関わっている人びとに接してきた経験から、80年代以降、「与えられた」民主主義を民衆が自ら手にする営みをはじめていると確信するようになった。情況は、最悪に近いほど悪いが、「民力」は逞しくなっていると思いはじめていた。
そんな事実を裏付ける出来事の一つに接して間もない六月半ばごろ、緑風出版から『資料「君が代」訴訟』が送られてきた。
600ページ近い浩瀚な書で、しかも読み物ではなく訴訟記録である。クソ暑い夏に、しんどいな。でも緑風出版らしい資料集だな、と思いながら、しかし軽い気持ちでパラパラ、ページをめくった。ところが、見る、がやがて読み始めていた。そのうちに「これは」と居ずまいをたださずにはおれなくなった。現場の先生のうめき声が聞こえてきた。在日のパクシルさんの陳述に触れて恥ずかしかった。そばで進められていた法制化の審議が「ひきょうの合法化」と映った。
収録されている西原博史さんの鑑定書は、すこぶる示唆に富み、また法制化の中で勇気を与える内容である。鑑定書の末尾には、ほぼこんな趣旨のことが記されていた。たとえ憲法改正で「君が代」が国歌にされても、個人の尊重という近代精神の核心的原理からすれば、思想・信条の自由という基本的人権の侵害が正当化されことはあり得ない、と。つまり、「君が代」が法制化されても、基本的人権侵害を伴う以上強制は憲法上許されないのである。法制化で追いつめられたかに見える教育現場が元気になりそうな鑑定書で、精神的自由を確立していくための具体的なヒントがあちこちに埋め込まれている。
本書は、「君が代」訴訟の問うた意味と訴訟記録の二部からなっているが、年表、全書証目録(原被告双方)、文献案内など非常に目配りのきいた構成で、しかも詳細をきわめ、完成度が高い。誤解を招くかもしれないが、訴訟記録でこれほど面白いのは珍しいのではないか。
中でも圧巻は、元文部次官で「日の丸」「君が代」強制化を押し進めた高石邦男氏の証言だろう。精神的自由なんか全く視野にない文部官僚だった。証言の数々は、戦中の強権官僚が、そのまま戦後の教育行政のトップに座っているようであった。私は、彼の生年が1930年で、いわゆる少国民世代だったと知って、どんな思いで敗戦を迎えたのか、略歴で空欄になっている45年から49年までの彼を知りたいとさえ思ったほどである。
さて、私はこの大部な本書をいろんなところから読んでみた。目次を無視して。訴訟の流れに従わずに。こんな創造性に富んだ市民運動として闘われていたのか、京都「君が代」訴訟は。こんな果敢な闘いをしていたのか…。裁判には負けはしたけれど、大きな歴史の流れからみれば「勝利」をしたのは、市民の側だと確信した。
この資料集はそう語っている。含意の多い一審判決後半を引用した
1ページから、あとがきの最終 594ページまで、丸ごと一冊が鮮やかな「民力」を示していた。